書き起こし
初心者向け英語論文執筆セミナー:
論文執筆における生成AIの活用と課題
動画の音声(約49分)から作成した書き起こしです(テロップは含みません)。読みやすさのため、言い淀み・言い直し・繰り返し・フィラー(「あの」「えー」「まあ」など)と、発言の途中に挟まる相づちを削除し、ガリーの日本語の文法や言葉遣いの誤りを意図が明らかな範囲で直しています。要約や内容の追加はしていません。見出しは動画のテロップに基づき、位置はおおよそです。[聞き取り不能]は音声が聞き取れなかった箇所です。
導入
ガリー私は今日、東京大学の総合図書館の前に立っています。このような図書館は、もう何百年も前から、研究者などの学術的な成果を保存する役割を果たしてきました。ですから、この図書館の中には論文や学術書などが多数保存されていて、多数の研究者によって読まれてきました。でも数年前まで、この研究の成果、特に論文や学術書などの作成は人間にしかできないと、我々は大前提として考えてきました。しかしながら数年前から、それは人間だけではなくAIにもできるようになりました。最初は作成を一部助けるだけでしたが、最近はAIのみで研究論文を作ることが可能になりつつあります。ですから、それは我々人間の研究者、特に若手の研究者にとっては非常に大きな課題となっていると思います。このビデオでは、論文の執筆、特に英語の論文にフォーカスしながら、AIと論文執筆、AIと研究、研究そのものの意義、AI時代における意味について、皆さんと一緒に考えたいと思います。
出演者紹介
ガリートム・ガリーと申します。私は1957年にアメリカに生まれました。大学、大学院では言語学と数学をやりまして、26歳の時、1983年に来日しました。そして東京大学で英語教育、英語教育政策、特にアカデミック英語について、教育と研究に関わってきました。
野嶋公共政策大学院国際公共政策コース修士2年の野嶋真衣です。今は大学院で修士論文を書いているところで、テーマとしてはアフリカの開発について、特に鉱物資源を通してどのようにアフリカが発展できるかというテーマで書く予定です。
近藤東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士2年の近藤圭悟と申します。専門は宇宙物理学で、特にブラックホールの周りでどういった天体現象が起きるのかということに興味を持って研究しています。現在、雑誌に投稿する論文を執筆中でありまして、また修士論文もこれから執筆する予定です。
ガリー先生による講義:英語論文執筆の目的と生成AI
研究論文の目的
ガリー研究論文の執筆、特にAIと研究論文の執筆について考える前に、まず研究論文そのものの目的について考えたいと思います。この図書館のようなところに行って、ジャーナルなどを読みますと、研究論文はかなりドライな、内容だけのものになっているようですね。研究者の名前は書いてありますけれども、論文そのものの主な目的は、この研究の成果を読者に伝えることであり、それが非常に中心的な役割だと思います。
しかし研究者にとっては、他の意味もあります。研究者を評価する時、例えばこの研究者に研究資金を与えるとか、研究所や大学に採用するとかいう場合には、本人の研究業績がよく加味されています。ですからその意味では研究者にとって、自分が書いている論文の内容だけではなく、読者にどのように評価されるかということが非常に重視されています。
また、特に学部生が卒業論文を書く時、大学院生が修論、博論、学会論文などを書く時に、もう一つ重視されているのは、研究のプロセス自体です。すなわち、高校や大学の教育の中では、与えられた課題をやるような勉強が多かったのですが、自分で研究課題を見つけて、研究プロジェクトを立ち上げて、何か月、場合によっては何年間も続けてやるのは、本人の教育にとって非常に重要なことでもあります。
ですから、良い研究論文があれば、それは執筆者が良い研究をやっただけではなく、よく学んできたという証拠でもあります。
もう一つ、十分には重視されていないと思うのですが、研究論文のもう一つの役割は、研究コミュニティーへの参加でもあります。修論、博論などは一人の名前で書く場合がほとんどです。ですから一人でこの研究をやるという前提になっていますが、研究は実際には世界で多数の人たちが行っているもので、研究者の間、また研究と一般社会の間の対話の場でもあります。ですから、自分が良い研究論文を発信したら、それは他の研究者に貢献することもあるし、学会、研究所、研究室などで他の研究者と交流する際のベースにもなります。
では、AIについて考える時、その課題はどうなっているでしょうか。1つは、最初の目的、つまりこの研究論文の目的が内容のためだけで、この研究成果を報告するためなら、AIを使って結果が出たということは特に問題ないかもしれません。これで癌という病気を治療できるようになったなら、AIを使って論文を書いたということについて、文句を言う必要はないかもしれません。
でもその反面、あとの2つ、3つぐらいの重要な役割、つまり研究者を評価すること、研究者本人の教育、そして研究者コミュニティーへの参加については、AIを使ってしまえば大きな問題になるかもしれません。ですから、1つの研究論文に複数の目的があり、その目的によって、AIの関わりと人間、執筆者の関わりが違ってくるということが、大きな問題となっています。今、全世界で非常に大きな議論が行われていて、コンセンサスは出ていません。
ですから本日は、かなり混乱している状態の中で、特に若手の研究者たち、特に大学院生などが、今関わっている論文の執筆、また自分が行っている研究に、AIとどのように付き合えばいいか、AIをどのように使っても良いか、それについて、後ほど2人の大学院生と一緒に具体的に考えたいと思います。
でもその前に、今回は英語で論文を書くことを中心に考えたいと思います。もちろん、研究成果はいろんな言語で書かれているし、日本国内で行っている研究、例えば日本史や日本文学、日本の法律に関する研究は、日本語で書くべきかもしれませんが、研究分野にもよりますけれども、共同研究者たちや、その研究を読む人たちは全世界にいる可能性が高いので、どうしても共通の言語で書く必要があります。いろんな歴史的な背景で、現在、世界の学術の共通語は英語となっています。
ですから、英語で論文を書くのは、自分が英語母語話者ではない限り、かなり難しくなっています。私は元々母語は英語ですから、日本語は私にとっては第2言語で、日本語で論文を書くのには、かなり苦労しています。
英語非母語話者が英語で論文を書くときの課題
ガリーですから、皆さんも、第1言語、母語が日本語で、学校などで英語を勉強してこられたかもしれませんが、それでもいきなり英語で論文を書こうとすると、かなり難しいと感じていると思います。
日本人などの英語の非母語話者が英語で論文を書くことについては、いくつかの共通課題があると思います。まず、英語は自分の母語ではないので、どうしても文法的な課題があります。具体的に言うと、冠詞、定冠詞、不定冠詞、the、a、anなどの使用が間違っている場合が少なくありません。日本語にはそういう文法のカテゴリーがないので、どうしても英語が難しいのです。また、単数と複数、時制、過去形、現在形などの使用が標準的な英語ではない場合があります。
私は、かつて英語のネイティブチェッカーとして、日本人が書いた文章をよく添削していたことがあります。一番多かった修正は、やはり冠詞、theとaの挿入や削除、それから単数・複数の修正でした。
でも、文法の問題だけでなく、語彙の問題もあります。英語の各単語はいろいろな意味を持っていて、文脈によって意味が若干変わる場合が多いです。英語を読んだり聞いたりするとき、無意識のうちに自分の母語である日本語に翻訳して、この英単語は日本語のこの単語と同じ意味だと錯覚することが少なくありません。でも実際には、いろいろな違う意味があります。英語が自分の母語ではないと、その違いに気がつかないことがあります。
あとは、口頭で物語を話すときでも、文章を書くときでも、文章の構成、ストーリーの立て方は言語によって違います。英語の場合、特に学術英語の場合は、パラグラフ、段落にしっかりした構造がある場合が多いのですが、日本語の学術文章は必ずしもそうではありません。また、文と文のつながりにはいろいろな[聞き取り不能]方法があるので、日本人が書いた各センテンスは正しくても、文章の流れがおかしく見える可能性があります。
また、学術的な論述、どのように論旨を立てるかということも、分野にもよりますが、日本語と英語の間に違いがある場合があります。日本語では読者を説得するようなストーリーの立て方があるのですが、それを直接英語に直すと、あまりうまくいかず、理解されない、効果が薄くなる可能性があります。
この問題は日本人だけの問題ではなく、英語の非母語話者であれば、全世界で同じような課題があります。また、英語の母語話者の中でも、いきなり学術英語を書こうとすると難しく感じる場合があります。今はAIによってその対応策が大きく変わりつつありますが、その前に、数年前まで、非母語話者が英語で論文を書くときにどのように対応してきたかを、ちょっと考えたいと思います。
まず、日本の研究者が自分で英語の文章、論文を書きます。そしてできるだけ正しい英語にするのですが、それをジャーナルに投稿すると、「この英語はよく分からない」とか「おかしく見える」とか「間違っている」と言われて、「ネイティブチェックを受けてください」と求められることが多かったです。そのとき、場合によっては同じ研究室の中に英語が流暢な人がいるかもしれないので、その研究室の同僚に頼むこともありますが、多くの場合は、業者、ネイティブスピーカー、またはそれと同じような英語力を持つ人に頼みます。
約20年前から、インドなどの国でそういう会社もできてきて、インターネットを通じてネイティブチェックを頼むことが可能になりました。それは割と一般的になり、日本の多くの研究者がそういうサービスを使ってきたと思います。
人間にチェックしてもらうことは、私もチェックする側に回ったので正直に言いますが、理想的な結果が出たわけではありません。特に研究分野によりますが、自分が書いた文章はかなり専門的な場合が多いのです。それをチェックする人は、教育レベルが高くても、その専門分野は分からないかもしれません。ですから、もし英語の中に単数と複数の間違いがあったり、定冠詞、不定冠詞を間違えてしまったりしていたら、チェッカーが間違って解釈する可能性があります。
そのときに日本の研究者たちと話して、よく聞いた話は、自分の論文をチェッカーに回したけれど、返ってきたらあまりよくなっていないとか、間違って添削されていたということでした。でも、AIの進歩によって、正直に言って、従来のネイティブチェックの必要性はなくなっているのではないかと思います。数年前からAIが進歩して、例えば日本人が書いた文章を入れて、プロンプトで「これは日本人が書いた英語です。文法、語彙を中心に、間違いがあれば指摘してください」とか「直してください」と頼めば、今まで人間しかできなかったような文章の改良を、今はAIが十分にできます。
また、やろうと思えば、段落、パラグラフの完全な書き直しも頼めます。場合によっては、論文全体の修正も頼めるようになりました。ですから、人間のチェックが完全に必要なくなったとは言えません。論文の想定する読者は人間です。人間が文章を読んだら人間として反応するということもまだありますので、同僚、指導教員、他の研究者のコメントは非常に重要だと思います。それは変わりません。でも、細かいチェック作業は、もうAIに頼めばいいことになりました。
AIを論文のチェック、書き直し、また場合によっては論文の執筆に使えるようになりましたが、果たしてそれは大丈夫でしょうか。それが多分、本日のビデオの一番重要な課題だと思います。ですから、先ほど話した研究論文の4つの目的に照らして考えましょう。
論文執筆の目的が、研究の成果を人に伝えることだけだったら、やはりAIをどんどん使っても問題ないと考える人もいるかもしれません。
でも、研究者の評価としてはどうでしょうか。
それは、もしかしたら研究の分野によるかもしれません。
例えば医学などの場合は、この研究者がAIを使って効果的な治療を開発し、それで明らかに患者さんが治ったということがあれば、論文の執筆、また研究そのものにAIを使っても問題ないと考えられるかもしれません。そして、その研究者も高く評価される可能性があります。
でも、研究者の評価には、成果だけではなく、この研究者がどこまで創造的に研究できるか、長期的に課題を見つけてその研究課題を追求できるか、また人に説明する能力があるかどうか、ということもあります。AIが論文を書いてしまったら、名前が載っている研究者が本当に良い研究者であるかどうかはわからない、ということもあると思います。
もう一つは、特に卒論、修論、博論の重要な目的は、研究者の教育でもある、研究者の養成でもあるということです。広く指摘されているのは、AIに頼りすぎると、自分が勉強できなくなる、学べなくなるということです。
私も日々AIをよく使っていますけど、自分でも気がついています。AIを使って立派な文章を作れる。読むと、これは間違いありません。でも2日経つと、私はその内容を完全に忘れてしまう。AIが何を書いたか覚えていません。でも、自分が書いた卒論、修論、博論は、自分でちゃんとゼロから書いたら、それは自分の人生の財産にもなるし、これからの研究、または社会での活動の基礎にもなります。ですから、AIを間違って使いすぎると、教育の効果がなくなる可能性は十分にあり得ます。
もう一つ、これは十分に認識されていないんじゃないかと思うんですけど、研究論文のもう一つの目的は、研究者コミュニティーへの参加、またそこへの貢献でもあります。
従来は、自分の分野で面白い論文を読みます。その論文は自分と興味のある研究課題についてのもので、それを読むと、この研究者に会いたくなる。学会や研究会で会って、話し合って、場合によっては共同研究をするかもしれません。または一緒に論文を執筆することになるかもしれません。ですから、研究論文そのものが、その研究者の人間性も見える面があって、その人間と協力することにつながっていました。でも、もし論文に名前が載っているけど、その人が実際にその論文の執筆、またその研究そのものにあまり関わっていない、内容を理解していないとしたら、その人は共同の研究者になれません。ですから、研究コミュニティーにこれから参加することを考えると、やっぱりAIの利用を非常に慎重に考える必要があるかなと思います。
研究論文の弱いところは、多くの研究分野では研究者本人の人間性があまり見えないことです。これは特に理系の分野でそうです。一人称のIとほとんど書きません。最近、面白いことに、100年前、200年前の研究論文を読むと、もっと人間性がある論文が多かったんですよ。それぞれの研究者の声が見えたんですが、今の研究論文のスタイルは非常にdryで、研究者の顔が見えないことになっています。また、査読も匿名で行う場合がありますので、誰が書いたかを関係なくしています。でも、研究コミュニティーに参加するには、または場合によっては研究者の採用、大学への採用も、もちろん人間性が非常に重要になっています。
ですから、AIが入ってしまうと、研究者の評価、人間としてのアイデンティティなどが見えなくなります。研究成果は良いかもしれませんが、研究者は長期的に見て、なぜ研究をやっているのか。人間の組織として大学、研究所、また社会からいろいろな恩恵を受けながら我々は研究をやっていますので、その意味でも、社会への参加についても薄れてしまいます。ですから、AIと研究論文の執筆について考えるときに、十分に意識する必要はあると思います。
大学院生との座談会:英語論文執筆と生成AI
ガリーじゃあ、先ほどの私の話をいろいろお聞きになったと思うんですが、どうですか? それについて何か疑問がありましたか? どういう課題が浮かび上がりましたか?
AIの得手不得手とは?
近藤そうですね。ガリー先生のお話を聞いていて思ったのは、やっぱりAIを論文にどう用いるのかっていうのは、論文を書く目的っていうのと密接に関わっていると思ってて。例えば自分が理解するためだったら自分で書いた方がいい。でも、効率的に論文を量産するためだったら、やっぱりAIにある程度任せた方がいいっていう、その目的のどこを重視するのかっていうことが大事なのかなって思いました。実際にその論文を執筆する具体的な作業というところにおいては、AIが得意なところとか、苦手なところとか、そういうのはあったりしますかね?
ガリー先ほど私が話したように、数年前まで私も考えられなかったんですが、母語話者、ネイティブと同じような感覚、文法、語彙については、AIは本当に得意になりました。私は最初、びっくりしました。人間しかできないと思い込んでいましたが、今の生成AI、大規模言語モデルは膨大なテキストに基づいてトレーニングされていますので、本当に私みたいなプロの母語話者並み、またそれ以上の能力を持っています。単語の意味についても、表現の意味についても、AIに聞けば、非常に適切な答えが出てきます。私はかつて翻訳者でもありましたし、辞書の編集も長年やりました。だから、従来の辞書に非常に強い愛着がありますけど、正直に申しますと、今のAIは辞書としては従来の辞書よりも優れています。ですから、言葉の意味、英語の意味を教えてもらうこと、また、これは正しいか、これは間違っているかという判断は、ほぼAIに任せられると思います。実際にそのように使っていますか? どうですか?
野嶋そうですね。私は書いてから、それを翻訳してもらうとか、そういうような感じで使ってます。
AI使用はどこまでOK?
ガリーはい。どうですか? 自分は言葉のレベルとかセンテンスのレベルで、今AIを使っていますか?
近藤そうですね。論文自体には用いてないんですけれども、用いるとしたらやっぱり添削とか、この場面で文法が正しいのかとか、そういった作業っていうのはAIが得意なのかなと思ってて。で、そういうのは任せるべきなのかなあとも思いつつ、どれぐらい任せるべきなんだろうっていうのがいまいち線引きが難しくて、悩んでるみたいな感じですね。
ガリーその線引きは、多分今一番大きい課題かなと思います。この生成AIは割と最近出てきたということもありますし、進歩も速いので、コンセンサスは全然取れていないと思います。研究者や読者によって、ここまでAIを使ってもいいと考える人もいれば、AIに対して非常に否定的な人もいます。それぞれ理由があります。また先ほど説明したように、その論文がどういう目的のものかを考えると、AIの関与についての考え方に関わってきます。でも多分、先ほどの、この英単語の意味を教えてくださいとか、ここの名詞は単数にすべきか複数にすべきかということ、そのレベルの判断については、あまり異議を言う人はいないんじゃないかと思います。それは研究者の本質的なことではないと見なされる場合が多いので。
自分で書く? 翻訳を任せる?
ガリーでも、近藤さんは、これから投稿論文を書こうとするときに、自分が直接英語で書く予定ですか?それとも最初に日本語で書いて、その後英訳する予定ですか?
近藤そうですね。最初はやっぱり自分の力で書いた方がいいのかなって思っていて、今のところは英語で自分で書くつもりです。
ガリーはい。野嶋さんどうですか?修士論文の場合は。
野嶋私も、できるところまではまず英語で書いた上で、それを添削してもらうところでAIを使っていきたいなと思ってます。
ガリー自分の周りに、AIを翻訳に使う人は多いですか?例えば、最初に日本語で書いて、その後AIに翻訳してもらうという同級生とかいる?
近藤そうですね。僕の周りだと、やっぱり日本語で最初に書いて、それを英語にするみたいな形でAI使ってる人も結構いますね。
ガリー先ほど私は添削について話しましたけど、翻訳についてはあまり話しませんでした。従来でも、英語を直接書いてネイティブチェックを頼むのではなく、最初に母語の日本語で書いて、その後翻訳者に頼む研究者などがたくさんいました。だからそれについても善し悪しがあります。翻訳してもらうと、翻訳者が上手だったら、自分が伝えたい意味が正しく伝わるということもあります。でも、やはり文の立て方、例えば論旨の立て方については、日本語と英語の間で違いがあります。ですから、日本語で非常に論理的で分かりやすい文章でも、英語にすると、その論理が見えなくなってしまう可能性があります。特に私は長年の翻訳者としての経験がありますが、自分の翻訳に完全に満足したことはほとんどありませんでした。ですから、ある意味で直接書いたほうがいいということもあります。
でも、もう一つは、翻訳になると、研究者がどこまでその結果に責任を持てるかということがあります。一応自分が英語で書いて、AIにチェックしてもらって、AIの添削を確認しながら、論文を投稿する前に、修士論文を提出する前に、自分でその英語を全部確認したら、自分が責任を持つ立場にあります。審査などで質問を受けたり、学会で発表して質問を受けたりしても、答えることができます。でも、もし翻訳したら、どうしてこういう言い回しを使ったのかとか、この専門用語はどういう意味ですかと聞かれても、おそらく答えられないかもしれません。ですから、その意味では、翻訳には問題があるかなと思います。
自分で読解する? AIに要約させる?
ガリーお二人の研究室とか同じ専攻の中で、文章の執筆ではなく、外国語の文章を読むために翻訳を使う人は多いですか?どうですか?
野嶋そうですね。私の周りだと、PDFをそのまま入れて要約してもらったり、翻訳してもらったりして、日本語で論文を読むっていう人も周りにはいますね。
ガリーどうですか?
近藤そうですね。人によってバラバラなんですけれども、やっぱり論文をPDFで読み込ませて、それについて解説してもらうとか、翻訳をむしろ飛ばして、要約させるみたいな、そういう感じで使ってる人は多いですね。
ガリーはい。ですから、これは私から見ると、AIの非常に素晴らしい機能でもありますけど、先ほど話したように、研究者が研究コミュニティーに入ることを前提にすると、研究コミュニティーは、特に理系の分野では、英語で行っている場合があります。研究室、ラボなどの共通語が英語だったり、国際学会などではみんな英語で議論したり、社交的な交流も英語で行っていたりする場合があります。いろんな国の人たちが英語で交流できるようになったのは、長年研究などで英語を使ってきたということもありますので、受動的な面でも全部翻訳に頼ってしまうと、どうしても自分の英語力は上がらないと思います。そして、ずっと翻訳を使って先行研究を読んできて、自分が英語で論文を発信することになったら、この英語が適切かどうか、適切というのは正しいかどうかだけではなく、この研究分野ではこういう表現を使うか、こういうふうに話すか、もちろん専門分野によっていろんな違いがありますので、それが判断できなくなると思います。ですから、その意味では、読みたい文章を母語に翻訳するのには、本当に非常に便利です。でも、これから国際的に活躍する人としたら、難しいかもしれない、時間がかかるかもしれないですけど、少なくとも一部の先行研究は丁寧に英語で読んだ方がいいかなと思うんですが。
野嶋英語の苦手意識がある人はAIに頼りがちになってしまうと思うんですけども、そういう人はどうやってAIを使うことを意識した方がいいでしょうか?
ガリーゆくゆくは英語力を伸ばしたいですね。でもそれはどうしても時間がかかります。6ヶ月とか1年で英語をマスターすることはできません。
だからそれは引き続き、コツコツ英語を読みながら、AIに英語について質問しながら、AIを使いながら英語力を伸ばしていけば、そのうちにできるようになると思います。
ライティング力は今後も必要?
近藤それに関してなんですけれども、例えば国際学会とかで発表するってなった時に、英語力と言っても重要になるのは話す能力じゃないですか。実際に論文を書くときには、話す能力というよりは、書く、いわゆるライティングのスキルが大事になってきています。それで、結構大学院生たちは、そのライティングのスキルを実際どれぐらい身につければいいんだろうというところに疑問を持っているような気がします。例えば授業で、こういう構文を使うべきみたいな感じで論文について習ったとしても、最終的に添削してもらえるんだったら、別にそんなに知っておく必要はないんじゃないかと思うかもしれないんですけれども、その書く技術について、大学院生などはどれくらい学ぶべきだと思いますか?
ガリーはい。まあ、これは実は教育界で大きく議論されていることで、研究論文についてだけでなく、ライティングの重要性はこれからどうなるかということです。また、昔から言われていますが、ますます若者たちが長い文章を読まなくなる。だからそれは、AIに関する、もう一つの非常に大きい課題だと思います。でも最終的に、やっぱり自分が論文を、刊行論文でも学位論文でも、責任を持つ必要はあると思います。自分の名前で出すものですし、自分がその内容と構造を全部わかっているという前提で。ですから、在学している間だけでなく、これからも、自分の英語力、狭い意味の英語力よりも、英語で書かれた文章、また自分の学術分野の文章や文体がどうなっているかを深く理解し、活用できるレベルに達することが望ましいと考えます。だから、どうやって英語力を上げるか、どうやって英語を使って研究コミュニティーに参加できるかということは、もちろん多くの若手研究者が危機意識を持っていると思います。AIに頼ってしまうと、英語が読めなくなる、英語が書けなくなる、英語が話せなくなるということもあるので、
英語力向上のためのAI使用法
野嶋その点で私も疑問に思っていたところがあるんですけど、AIをうまく活用しながら英語力を上達させるための方法がすごく気になっていて。どういう使い方をすれば、英語力も伸ばしながら英語の論文も執筆できるのか、そこのバランスについてお聞きしたいです。
ガリーもちろん、意識的に直接英語を読む、直接書く。そして、AIを補助のツールとして非常に有効に使えます。わからない表現があれば教えてもらう。また、書くときにちょっと適切な表現が思い浮かばなければ、「じゃあ10個の表現を提案してください」とAIに頼めばいいんです。人間にはなかなかそういうことは頼めませんよ。「このセンテンスはちょっと不自然ではないか」と考えて、「10種類の書き直しを提案してください」と言えば、AIはすぐ提案してくれます。そして、その中から自分で選べます。非常に役に立ちますし、なかなかそういう英語の先生は見つかりません。でも、自分の英語力というよりも、自分の研究の発信力が上がっているか、下がっているかを意識しながら進むべきかなと思います。
AIによる文章で個性を出せる?
ガリーもう一つ、先ほどはあまり話さなかったんですが、AIについて考えるときに注意すべきなのは、世間でAIに対する考え方がどうなっているかということです。特にAIで書かれた文章に対する反応がどうなっているか。お二人は、もし友達や他の研究者、また知らない人から電子メールを受け取って、そのメールを読んで、「ああ、これはAIで書かれたな」とわかったら、どう思いますか? そのときに。
野嶋うーん、メールがAIで書かれていると、少し手を抜かれているというか、あまり親身ではないなという感じは思うのかなと思います。
ガリーはい。どうですか?
近藤そうですね。やっぱり今、メールは人間が書くことが主流なので、AIが書いているのを見ると、やっぱり手を抜かれたみたいな印象は抱くかもしれませんが、今後どうなっていくのかちょっと分からないですね。
ガリーですから、私も全く同じ反応ですね。私ももう20年前から、毎日何通も日本語でメールを書いていますけど、日本語は私の母語ではないので、2、3年ぐらい前に、最初はちょっとAIを使いました。英語で「このメールを書いてください」と頼むと、バーンと素晴らしい日本語が出てきましたけど、よく読むと、これは私の日本語ではない。私の日本語に慣れている人たちが読むと、これはガリーさんではないとすぐわかる。だから同じような反応が論文に対してもあると思うんですよ。特に個人名で出す文章は、個人の声、個人の本質を見たいという人も少なくありません。だからそれも一つ意識すべきかなと思います。また、もちろん生成AIについては、政治的な問題とか、環境への負荷とか、いろんな課題が議論されていますので、その点でもAIに対して反感を持っている人が少なくありません。だからこれは非常に難しい課題です。AIを使うべきか、使うべきではないかという問題がありますけど。本日このビデオを見ている人たちの中には、「じゃあAIはどこまで使えばいいか、その線引きはどこにあるか」を聞きたい人もいると思いますし、お二人もそういうことがあったと思うんですが、それは今は言えません。それはこれから、いろんな人たちの議論の中で、またAIの進歩もありますので、考えていく必要があります。だから当分の間、とりあえず私がお二人に、またはお二人と同じような立場にある若手の研究者に推薦したいのは、「AIは使わないでください」ではないんですが、慎重に使ってください、ということです。
エイジェントの登場と今後の研究
ガリーもう1つ、あまり議論していなかったのですが、今回のビデオのポイントは、AIを使って論文を執筆するということです。でも特に2026年から、もう1つのAIの進歩はエージェントで、エージェントを組み立てれば、研究そのものもできるようになると言われています。今日、撮影の時点では十分に認識されていないと思いますが、これからもっと広く分かってくると思います。論文の執筆だけではなく、ゼロから研究課題の選択、方法論の選択、実験の実施もAIが全部やってしまう可能性が出てきています。それは大きな課題であると思います。それが果たして良いのか、論文の量産をどう考えれば良いのかという議論は、これから激しくなると思います。
近藤実際これからAIは、研究の作業にも関わってくると思います。AIが自律的に研究をできるようになったとなると、英語論文を書く意味がどうなっていくんだろうというところが疑問なのですが、それについてはどうでしょうか。
英語論文の意義は変わっていくか?
ガリーはい、これは私の個人的な意見ですが、従来の論文の形式、また論文の役割を考え直す必要があると思います。今の論文は研究者の顔が見えない、本人の声が聞こえないということが多いんですが、やっぱり研究者との、人間としての交流が今までよりも重要になります。ですから、研究の発信、研究の共有は、PDFだけの論文よりも、他の形で、実際に人が会ったり、ビデオ会議でもいいんですけど、話し合ったりして、その人の個性が見えるということが重要かなと思います。
もう1つは、多くの論文、特に理系の論文は、何というか、成功談に終わってしまう傾向が多いですね。こういう成果が出ました、こういう良いことが分かりました、と。でもご存じのように、実際の研究のプロセスでは失敗が多いですね。実験をやっていて、実験器具が壊れてしまってやり直すとか、いろいろあります。それは論文ではあまり見えないんですけど、従来でも、実際に研究者たちが集まって、発表したり雑談したりするところで、そういう話がよく出てきます。それは非常に重要な情報です。でもそれは今まで研究者の評価にはあまりカウントされてなかったんですが、これからは、研究者と研究の関わり、研究者がどういうふうにやっているかということを、もっと前面に出す必要があるかなと思います。それには、研究者がどのようにAIを使っているかということも含まれます。今の時点ではAIの進歩が非常に早いので、どういうふうに使うべきか、我々は誰でも迷っています。でもそれをもっともっと共有して話し合って、共同研究しながら進めば、研究そのものもAIの助けでより早く進むし、人間の知識も増えるし、社会への貢献も高くなります。
ですから、今まで人間にしかできなかったことの多くをAIに任せることになったとしても、我々は人間として社会に参加することになります。研究の必要性はなくなるわけではありません。研究者の必要性もなくなるわけではありません。でも人間の研究者の役割は、必然的にこれから変わります。そしてそれに対して、コンセンサスが非常に取りにくいと思うんですね。従来のやり方、従来の規則、従来の考え方が良かったと考える人は、当然たくさんいます。でも、AIがこのように進歩していますので、その進歩に従って我々もすぐ対応しなくてはならないと考える人もいます。
やっぱり、自分が人間としてこれからも研究や社会に参加するとしたら、自分の力をどういうふうに保ち、どういうふうに伸ばすかということを意識しながら、また今までよりも他の人間との交流を重視するということです。東京大学で1つ非常に重視されているのは、「対話」という表現がありますけど、英語では dialogue。大学の役割が何であるかということは、今までもそうでしたが、これからますます「対話」の場として重要になると思います。人間が集まって話し合い、一緒に問題を解決しようとする。研究論文にもそういう役割がないわけではないんですけど、研究者の成果は、論文のような一方的な発信よりも、研究者のコミュニティーの中での人との交流、人との対話のほうが、高く評価されるべきだと思います。
今日はお二人、本当にありがとうございました。非常に有益な話し合いだったと思います。お二人とも、これから論文の執筆は大変だと思いますけど、ぜひ頑張ってください。
近藤はい。ありがとうございます。
野嶋はい。ありがとうございます。